藍色の空間

魂にメスはいらない

エンブレムは私を救うか

「トロフィーワイフ」という言葉があるが。

成功した男性が“勝ち組”であることの証のように側に抱く、若くて美貌に恵まれた妻のことをいう。

その「トロフィーワイフ」でもないのだけれども、誰しも「エンブレム」を欲しているのではと今朝方思いついた。

いや、「誰しも」という言い方は止めようと思う。

一般論的な言い回しをすることで大衆向けの意見を書くことがこのブログの目的ではない。

あくまで私個人の物語を紡ぎ出すためだけに執着して書き続けたい。

 

昨日、友人と話をしていた時に、友人は「(自分には)何かが足りない」と言った。

私だってそうだ。いつも「何か」が足りない。

友人との会話が終わった後も、必死になって考えていたわけではないが、そのことが脳裏から離れなくて何とはなく思い浮かべているうちに浮かんだ言葉が「エンブレム」だった。

それは自分が何者かであるというような「肩書き」だけにとどまらず、栄誉を与えられた「勲章のようなもの」。

私は見栄の心が強いのか?

これが承認要求というものなのか?

だとするならば、先ほどは使わないと言い切った「誰しも」に当てはまることではなかろうか?

 

しかし本当にそのような承認要求を満たした「エンブレム」は私を救うのか?

或いは言い方を変えて、私を救う「エンブレム」とはどのようなものか?

答えはもちろん分からない。

分からないが、疑問形として胸に残し続けたい。