藍色の空間

魂にメスはいらない

『人の心はどこまでわかるか』

心の問題集&回答集!!悩み、傷つく心を知ると、自分も他人も見えてくる!!人間の心がいかにわからないかを骨身にしみてわかっている「心の専門家」である著者が、「人の心とは何か」に心理療法の現場から答える!! (Amazonより)

 

人間の心がいかにわからないかを骨身にしみてわかっている者が、「心の専門家」である、と私は思っている。(中略)これに反して素人は「わかった」と単純に思いすぎている。というよりは「わかった」気になることによって、心という怪物と対峙するのを避けるのだと言っていいだろう。(P6)

 

そのときは、「なんと当たり前のことしか言わないのだろう、もっと深淵な答えを言ってもらいたいのに」と思いましたが、あとで自分にもわかってきたのは、そういう質問に対しては当たり前のことしか言えないということです。つまり、そういう問いに対する、これだと思うような答えは、自分でしか見出せないということです。(P6)

 

 また、自分の傷つきやすさを、鋭敏さと誤解して、自分は弱い人の気持ちがよくわかるので、そのような人の役に立ちたいと思うような人も問題です。たしかに、傷のある人は他人の傷の痛みがよくわかりますが、そのようなわかり方は治癒につながりません。傷をもっていたが癒された人、傷はもっていないが傷ついた人の共感に努力する人、などによってこそ心理療法は成り立つのです。(P34)

 

ある高校生が私と会って家に帰ったあと、家族から「どうだった?」と聞かれて、「不思議な人に会ってきた。どこへ飛んでいっても、ちゃんとはたにいるような人だった」と言ったそうです。(P58) 

 

だから、私は、治っていく人には必ず、「治ることの悲しさ、つらさもあるのですよ」という話をします。(P87)

 

私たちは、高所恐怖症の人が来ても、階段をのぼらせたりしません。「一歩ものぼれません」というクライエントの話を❝無為に❞聴いているだけです。(中略)相手が階段が一歩ものぼれないということを聴いて無為でいるというのは、普通の人にとっては非常にむずかしいことですが、その大変なことをやるのがプロです。(P106)

 

どんな場所で心理療法をやっていても、こういう問いかけが出てきて、それを考えつづけることがわれわれの責務とも言えます。もちろん、答えは簡単には出てこないかもしれませんが、そういうことを考えるのをやめたら、心理療法家はだめになってしまいます。(P140)

 

何度も自分の資質に懐疑的になることはあっても、一本の筋だけはずっと通っているもので、私の場合、それはユングの理論です。これまでにも、壁にぶちあ当たることはあっても、「もうユングではやっていけないのではないか」と思ったことはありません。(P208)

 

 

人の心はどこまでわかるか (講談社+α新書)

人の心はどこまでわかるか (講談社+α新書)

 

『嫌われる勇気』

 本書は、フロイトユングと並び「心理学の三大巨頭」と称される、アルフレッド・アドラーの思想(アドラー心理学)を、「青年と哲人の対話篇」という物語形式を用いてまとめた一冊です。欧米で絶大な支持を誇るアドラー心理学は、「どうすれば人は幸せに生きることができるか」という哲学的な問いに、きわめてシンプルかつ具体的な“答え”を提示します。この世界のひとつの真理とも言うべき、アドラーの思想を知って、あなたのこれからの人生はどう変わるのか?もしくは、なにも変わらないのか…。さあ、青年と共に「扉」の先へと進みましょう―。(Amazonより)

 

アドラーは心理学者なのだけれども、本書を読むと、哲学?自己啓発?はたまた宗教?と最初は混乱しながら読んでいた。

屁理屈とまでは思わないが、単なる言葉遊びではないか、とも思えて仕方なかった。

しかし、著者があとがきで述べられているように「読者の方々が抱くであろう疑問を丁寧に拾い上げるべく、哲人と青年による対話篇形式を採用することにした」という作戦がとても成功していると思った。

読者が抱く疑問や反発心を青年が見事に拾い上げ、哲人にぶつけてくれている。

そのやりとりが進むにつれ、青年はアドラー心理学に理解を示し、実践の決意をするのだが、それは読み手も同様なのである。

少なくとも私はそうだった。

ただしこの理論を理解、実践していくにはとても時間を要するとも書いてあった。

迷ったらこの本を読んでまるで哲人と対話を重ねているかのように、振り返る必要がある。

でも、それでも読み終わった時点で今私は「いま、ここ」を生きると感じれる。

すごい本だと思う。

 

印象に残った言葉

所属感とは、生まれながらにして与えられるものではなく、自らの手で獲得していくもの (P188)

「変えるもの」と「変えられないもの」を見極めるのです (P228) 

人生とは、いまこの瞬間をくるくるとダンスすように生きる、連続する刹那 (P266) 

世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ「わたし」によってしか変わりえない (P281)

 

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

そんな残酷なことはしなさんな

人との関わり合いの中で、時として「仕返し」をしたくなる瞬間がある。

過去に自分がお付き合いをしていた人達を思い返すと、見事に包容力のないタイプの人ばかりで、もしも今逢えたなら(逢いたくないが)仕返しの1つもしたいと思ってしまう。

幾年も経って悪知恵の働くようになった今なら、十分に敵の弱点を狙いノックアウトさせれるのでは、と自信もみなぎる。

でも、互いに未熟だったのだから「お互い様」なのだ。

むしろ、誰かを故意に、意識的に傷つけるなんてことは、結果因果応報自分に返ってくるように思える。

幾年かの間にそのように達観した考えも私の中に育ったのだ。

「そんな残酷なことはしなさんな」

冷静になって自分に呟いてみる夜だった。

 

 

 

『大人の友情』

 

あなたは友人の出世を喜べますか? 人はなぜ裏切るのでしょう? 夫婦、男女、そして上司と部下の友情とは? 人生を深く温かく支える「友情」を、臨床心理学の第一人者が豊富な経験と古今東西の文学作品からときほぐす、大人のための画期的な友情論(Amazonより) 

印象に残ったエピソード。

河合隼雄先生がスイスのユング研究所に約3年間留学し、いよいよ資格を得て帰国という時に、恩師から「何か心残りはないか」と問われ「西洋人の友人が一人もできなかったこと」と答えたそう。それに対して恩師が「それは仕方ないことだ。残念なことに、お前が一緒に訓練を受けた者の中には、お前の友人となるほどのものはいなかった」と述べられたそう。そして恩師はこう続けた。「それでも心配はいらない、これからはボクが友人となろう」 と。

印象に残ったキーワード。

「同一視」という言葉は初耳だったが、とかく自分が抱きやすい心理だと思ったので、意識していきたいと思った。

 

大人の友情 (朝日文庫 か 23-8)

大人の友情 (朝日文庫 か 23-8)

 

 

『こころの処方箋』

 「耐える」だけが精神力ではない。心の支えは、時にたましいの重荷になる。――あなたが世の理不尽に拳を振りあげたくなったとき、人間関係のしがらみに泣きたくなったとき、本書に綴られた55章が、真剣に悩むこころの声の微かな震えを聴き取り、トラブルに立ち向かう秘策を与えてくれるだろう。この、短い一章一章に込められた偉大な「常識」の力が、かならず助けになってくれるだろう。(Amazonより)

 

私が「なるほど」と深く納得した章をあげてみる。

3章 100%正しい忠告はまず役に立たない

己を賭けることもなく、責任を取る気もなく、100%正しいことを言うだけで、人の役に立とうとするのは虫がよすぎる。

15章 一番生じやすいのは180度の変化である

このような現象をイメージで表現するなら、風見鶏でときどき何かの加減でクルッと回転しては反対向きになるのと似ているのではなかろうか。風が吹いているとき、それに抗して20度30度の方向に向くよりも、180度変わってしまうと楽なのである。つまり、何かの方向づけの力がはたらいているとき、逆転してしまう方が、少し変えるよりはまだやりやすいのであろう。

16章 心のなかの勝負は51対49のことが多い

こんなときに落ち着いていられるのは、心のなかのことは、だいたい51対49くらいのところで勝負がついていることが多いと思っているからである。

22章 自立は依存によって裏づけられている

自立ということを依存と反対である、と単純に考え、依存をなくしてゆくことによって自立を達成しようとするのは、間違ったやり方である。自立は十分な依存の裏打ちがあってこと、そこから生まれでてくるものである。

29章 生まれ変わるためには死なねばならない

肉体的死を回避しつつ、象徴的死を成就することが必要で、ただただ「死」を避けていたのでは何事も成らないのである。

34章 どっぷりつかったものがほんとうに離れられる

幼少時に母親とうまく「どっぷり」体験をもった人は幸福である。しかし、それがなくとも、人間はその後の人間関係や、その他の世界との関係で「どっぷり」体験をすることができるものである。それは、その人の個性と大いにかかわるものとして、創造の源泉となることもある。

35章 強い者だけが感謝することができる

他人に心から感謝する、というのことは大変なことである。まず、そのためには、自分が他人から何らかの援助や恩義を受けた事実を認めねばならない。弱い人はそもそもそのような現実の把握ができないのである。

47章 二つの目で見ると奥行きがわかる

カウンセラーというのは、常に二つの目で人を見ることが出来ねばならない。

48章 羨ましかったら何かやってみる

羨ましい気持ちが起こったら、それは自然に生じてきたことだから、よしあしを言う前にそれはそれと認めることにしよう。そして、いったいそれがどのあたりから来ているか、考えてみることにしてはどうだろう。(中略)その中で「羨ましい」という感情は、どの「方向」に自分にとっての可能性が向かっているかという一種の方向指示盤としての役割をもって出現してきているのである。

50章 のぼせが終わるところに関係がはじまる

のぼせているときは、相手の姿がよく見えない。自分の心の中の理想像や、親の像なんかと混同してしまっているのである。

 

こころの処方箋 (新潮文庫)

こころの処方箋 (新潮文庫)